2013.4.3.水 丹後建国1300年記念祭

■日時 2013.4.3.水 10:30〜

■場所 元伊勢・籠神社

<レポート>

1300年前の713年4月3日、丹波の国から加佐郡、与謝郡、丹波郡、竹野郡、熊野郡を割き丹後の国が建国されました。本殿にて歌唱奉納。「この道」「朧月夜」「故郷」他、村上美香さんの「金の波銀の波」「海とさっちゃん」、そして民俗学者・大森亮尚先生が書いてくれた丹後建国1300年の朗読をしました。

 

 

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<丹後建国1300年にむけて・奉納朗読>

今年、平成25年、西暦2013年は丹後の国が誕生して1300年になります。

1300年前、日本に律令体制が整えられるようになって、丹波の国から加佐郡、与謝郡、
丹波郡、竹野郡、熊野郡の5つの郡部を分割して、この丹後の国が建国されました。

この丹後の国という風土===水浴びに天女たちが舞い降
りて来たという伝説、この海から竜宮城へ旅立ったという浦島太郎の伝説など、多く
の不思議な伝説が語り継がれていることから分かるように、この丹後の国は、日本の
国土、この世とは違う世界、異界と接点がある風土だと語り継がれてきたのです。近
くの大江山には鬼まで住んでいたのですから、ここ
丹後は古代から異次元の違う世界への出入り口になっていたのです。

 丹後半島の先端に間(あいだ)の人と書いて、「間人(たいざ)」と読む珍しい地名が
あるのも、やはりこの風土がこの世とは違う世界とのあいだ、つまり中間にあったこ
と、神々の世界と向かい合って、対座している土地だったことから付けられた地名か
もしれません。

 ですから、ここに生まれ、育った先人達はすぐ目の前におられる神様に見守られ、
長い時の流れの移り変わりを歴史に刻み、幾多の困難を乗り越え、私たちにこんな美
しい自然を残してくれました。

 ここ府中はそんな丹後の国の中心、国府のまちとして栄え、雪舟をはじめ文人墨客
が天橋立の神秘に魅せられた聖地として、輝きを今に伝えています。

 天橋立を渡ると異次元の世界へ行き、天女になれるかもしれませんね。

 私たちはこれからも丹後の国を愛し、この美しい故郷を遠い、遠い未来の人達に守
り伝えていくことを、ここにお誓いし、神様のお導きを乞い願う次第であります。

 

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我が家のお米はここ宮津・日置の友人から分けてもらってます。その友人が我が家の米20キロと私を神戸まで農業用軽トラックで配達してくれました。

 

 

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日置は扇状地で、水がよどまない、濁らないそう。

願いを込めるから「コメ」という名がついたという説も。

2013.3.22.金 濱田庄司記念益子参考館「再建記念祭」前夜祭コンサート

濱田庄司記念益子参考館「再建記念祭」前夜祭コンサート

■日時 2013.3.22.金 17:00〜
■出演 上田秀一郎:和太鼓、深川和美:歌、多久雅三:ピアノ

 主催:再建記念祭実行委員会
 協賛:ましこe-まちネット
 後援:下野新聞社 益子町 益子町観光協会 益子町商工会

▶詳細はこちらから(リーフレット・2.0MB)

 

 

<レポート>

震災で被害があった濱田庄司記念益子参考館の再建記念式典に和太鼓・上田秀一郎氏、童謡サロンの深川和美と多久雅三が参加しました。

益子はここまで好みの土地があるだろうかというくらい、素敵なところ。

 

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コンサートの様子はこんな感じ。

 

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終演後の記念撮影。

 

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上の写真のミートパイ“パースチー”はイギリス料理だけれども、地元の食材で作られる濱田家伝統の味はこちらにレシピが載ってます。美味しかった!

 

こちらにも書いてます。

深川和美の本日休演 2013.3.21   2013.3.22   2013.3.23

 

 

 

 

 

2013.3.16.土 深川和美の童謡サロン vs Taro Shanghai Show

深川和美の童謡サロン×上海太郎(パントマイム)

 

■日時:2013.3.16.土 15:00開演 
■場所:岡山県鏡野町ペスタロッチ館夢ホール
■チケット: 1,000円高校生以下500円
  深川和美:歌
  多久雅三:ピアノ
  土居秀行:パーカッション
     *
  上海太郎:構成、演出、マイム
  室町瞳:マイム、ダンス

 

<サロンレポート>

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岡山県鏡野町ペスタロッチ館での童謡サロン vs 上海太郎的見世物。

劇作家の上海太郎氏による構成・演出による童謡サロン。

笑いあり涙ありの公演です。

いのじいっさいこく

いのじいっさいこくいんじゅうじ
いららんがいっさいこく
いっさいだるまのだるまのこ
いっさらばっさらいのじが
いんぎりまめじゅうさんだいしきもんめ
さんだいし

 

京都の80代女性に教えてもらったわらべうた

更新日:2013年3月14日

夕日

 作詞:葛原(くずはら)しげる 作曲:室崎琴月(むろざききんげつ)

著作権保護期間中なので詩は載せませんが、「ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む ぎんぎんぎらぎら日が沈む」の『夕日』です。
最初「きんきんきらきら」で作られたのですが、作詞家の葛原しげるさんの小二の長女に「夕日は『ぎんぎんぎらぎら』でしょう」と言われて変更したとか。ぎんぎんぎらぎらの方が確かに強い生命力を感じますね。

「真っ赤っ赤っ赤 サルのケツ みんなのおケツも真っ赤っ赤〜♪」
と、私が小学校の頃、男子生徒はいつも夕方になると、この歌を歌っておりました。(失礼)

■葛原しげる(1886~1961)
広島県安那郡八尋村(現在の広島県福山市神辺町八尋)に生まれ、盲目の琴の名手、葛原勾当の孫に当たります。
講師として教壇に立ち、一貫して教育活動にあたり、地元の人たちからは、「ニコピン先生」と呼ばれ親しまれていました。これは、子供はいつもニコニコピンピンと願い、自らもそうありたいと願っていたからだという。
教育者であるかたわら、童謡詩人としても知られ、作詞した童謡は、4000篇とも言われ、そのうちの代表作の一つ「夕日」は、葛原しげるの生家(葛原勾当旧宅)前に、童謡歌碑としてたたえられています。また、他の代表作に「とんび」「白兎」等があります。また、全国約400校の校歌の作詞も手がけていることも広く知られています。
葛原しげるの命日である12月7日になると生家(葛原勾当旧宅)の前にて、「ニコピン忌」がおこなわれ元気な子供たちの童謡の合唱で音楽の歴史に名を刻んだ葛原しげるの功績をたたえています。
(神辺町観光協会ホームページより)

 

■室崎琴月

音楽家、作曲家。明治24 年(1891)2月20日高岡市木舟町の太物(綿糸)商の二男として生まれ、4人兄妹の末子として育った。高校卒業後親の反対を押し切って上京。大正2年(1913)東京音楽学校(現東京芸術大学)本科ピアノ科へ入学。 大正6年に音楽学校卒業後、東京谷中に私立の音楽学校の草分けとも言える中央音楽学校を設立。

大正10 年偶然書店で見つけた児童雑誌「白鳩」に載っていた広島県の童謡詩人・葛原しげるの詩「夕日」に感激し、曲をつけた。琴月は、谷中の高台から本郷台の綺麗な景色を眺めながら、郷里高岡の古城公園から眺めた美しい夕日の情景を思い起こし曲想を練り、同年中に一気に書き上げたという。

更新日:2013年3月12日

CD『春の小川』

2013年1月、石巻の小学校3校に行き、『春の小川』を録音しました。

CDにして3学期終業式にプレゼントします。非売品。

イラスト:ナスマサタカ

さらさらジャケット

さらさら歌詞

 

海外の方々から子どもたちへメッセージが入ってます。

さらさらバックインレイ

 さらさら

帯は立てて飾れます。

さらさら帯

イラストは壁谷芙扶(かべやふよう)さん

愛知県生まれ、絵本作家、イラストレーター。ボローニャ絵本原画展入賞。イタリアの雑誌「VOGUE bambini」「VOGUE sposa」
「Leggere e’ volare」「Dai…Vieni Con Me! 」「Gli amici di Camilla」刊のイラストや広告を手がける。人物を生き生きとユーモラスに描くその作風に幅広い支持を集めている。絵本に「だったらいいな」(アスラン書房)「ねえ、まってえ!」(小学館)「ゴー・ゴー・ゴール!」(文・さこんらんこ フレーベル館)などがある。イタリアにある「カミッラのおともだち」の日本の支援者代表。

 

かべやふようさんの絵本はこちら

花火 井上赳/下総皖一

昭和16(1941)年3月『うたのほん(下)』にて発表。日本の夏の風物詩「花火」の歌。
「どんと鳴った花火だ きれいだな〜」の「どん」がまるで本当に打上ってるように歌えて人気があったのではないでしょうか。
夏の童謡サロンでもおなじみの曲ですね。
今ではあまり歌われていないと思いきや、河口湖音楽祭で保育園で演奏した時は子どもたちの割れんばかりの大合唱になってビックリしました。先生が教えておられるか、どうかだけなんですね。

 

■下総皖一(しもおさかんいち)作曲。
1898年3月31日 – 1962年7月8日
埼玉県北埼玉郡原道村砂原(現・加須市)生まれ。

昭和7年、文部省在外研究員としてベルリンの国立ホッホシューレに留学。ドイツではヒンデミットに師事、近代的作曲法を学ぶ。
童謡の代表曲は「はなび」「たなばたさま」「電車ごっこ」「母の歌」「野菊」「スキー」「ほたる」など。
童謡に限らず合唱曲、器楽曲、協奏曲や校歌、地元では音頭なども作曲し、生涯で作曲した曲は3千余を数えるという。
昭和17年、東京音楽学校教授、31年東京芸術大学音楽部長、昭和37年、胆石、肝臓ガン、肝硬変の悪化で他界。

 

■井上 赳(いのうえたけし)作詞。
1889年7月23日 – 1965年7月20日
1930年代の国語読本である『小学国語読本』(サクラ読本)の編集の中心となった島根県出身の文部官僚。

 

(著作権保護期間)

更新日:2013年3月10日

椰子の実 島崎藤村/大中寅二

名も知らぬ 遠き島より

流れ寄る 椰子の実一つ

故郷の 岸を離れて
汝はそも 波に幾月
 
旧の樹は 生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚を枕
ひとり身の 浮寝の旅ぞ
 
実をとりて 胸にあつれば
新たなり 流離の憂い
海の日の 沈むを見れば
たぎり落つ 異郷の涙
 
思いやる 八重の汐々
いずれの日にか 国に帰らん

昭和11年(1936年)12月、東海林太郎の歌でポリドールよりレコード発売。
1898年(明治31年)夏。東京帝国大学2年だった柳田國男が愛知県の伊良湖岬 (いらごみさき)に滞在した際、海岸に流れ着いた椰子の実を見つけた。
「風の強かった翌朝は黒潮に乗って幾年月の旅の果て、椰子の実が一つ、岬の流れから日本民族の故郷は南洋諸島だと確信した。」

柳田國男「海上の道」

本日休演

(作曲は著作権保護期間)

更新日:2013年3月10日