夕日

 作詞:葛原(くずはら)しげる 作曲:室崎琴月(むろざききんげつ)

著作権保護期間中なので詩は載せませんが、「ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む ぎんぎんぎらぎら日が沈む」の『夕日』です。
最初「きんきんきらきら」で作られたのですが、作詞家の葛原しげるさんの小二の長女に「夕日は『ぎんぎんぎらぎら』でしょう」と言われて変更したとか。ぎんぎんぎらぎらの方が確かに強い生命力を感じますね。

「真っ赤っ赤っ赤 サルのケツ みんなのおケツも真っ赤っ赤〜♪」
と、私が小学校の頃、男子生徒はいつも夕方になると、この歌を歌っておりました。(失礼)

■葛原しげる(1886~1961)
広島県安那郡八尋村(現在の広島県福山市神辺町八尋)に生まれ、盲目の琴の名手、葛原勾当の孫に当たります。
講師として教壇に立ち、一貫して教育活動にあたり、地元の人たちからは、「ニコピン先生」と呼ばれ親しまれていました。これは、子供はいつもニコニコピンピンと願い、自らもそうありたいと願っていたからだという。
教育者であるかたわら、童謡詩人としても知られ、作詞した童謡は、4000篇とも言われ、そのうちの代表作の一つ「夕日」は、葛原しげるの生家(葛原勾当旧宅)前に、童謡歌碑としてたたえられています。また、他の代表作に「とんび」「白兎」等があります。また、全国約400校の校歌の作詞も手がけていることも広く知られています。
葛原しげるの命日である12月7日になると生家(葛原勾当旧宅)の前にて、「ニコピン忌」がおこなわれ元気な子供たちの童謡の合唱で音楽の歴史に名を刻んだ葛原しげるの功績をたたえています。
(神辺町観光協会ホームページより)

 

■室崎琴月

音楽家、作曲家。明治24 年(1891)2月20日高岡市木舟町の太物(綿糸)商の二男として生まれ、4人兄妹の末子として育った。高校卒業後親の反対を押し切って上京。大正2年(1913)東京音楽学校(現東京芸術大学)本科ピアノ科へ入学。 大正6年に音楽学校卒業後、東京谷中に私立の音楽学校の草分けとも言える中央音楽学校を設立。

大正10 年偶然書店で見つけた児童雑誌「白鳩」に載っていた広島県の童謡詩人・葛原しげるの詩「夕日」に感激し、曲をつけた。琴月は、谷中の高台から本郷台の綺麗な景色を眺めながら、郷里高岡の古城公園から眺めた美しい夕日の情景を思い起こし曲想を練り、同年中に一気に書き上げたという。

更新日:2013年3月12日